月刊視覚障害 4月号

月刊視覚障害 4月号

働き方改革 待ったなし!

企業のヘルスケアに三療の力を

 安倍晋三総理が「戦後の労働基準法制定以来、70年ぶりの大改革」と位置づける、政府主導の「働き方改革」が叫ばれる中、企業等において鍼灸マッサージ療法(三療)に期待される、あるいは三療が果たすべき役割とは、どのようなものなのか―。

 一般財団法人一枝のゆめ財団(理事長=矢野忠・明治国際医療大学副学長)は2月10日、東京・千代田区のちよだプラットホームスクウェアで、平成29年度第1回公開シンポジウム「健康経営と東洋医学」を開催した。日本視覚障害ヘルスキーパー協会との共催で、ヘルスキーパーなどの理療従事者・研究者・企業の人事総務スタッフなど約50人が参加した。(本誌)

“ゆめ”を育てる財団

 2017年に設立された一枝のゆめ財団の名称は、聖武天皇が大仏造立の際に「一枝の草、一すくいの土でも」と寄進を呼びかけた故事にちなんでいる。ひとりひとりの“ゆめ”が大樹に育つプロセスを応援することを理念に、鍼灸マッサージ師の資質向上・三療の魅力の広報・就労や経営の支援・労働者や市民の健康づくりの支援・活動拠点の設置の5つを基本的なミッションに掲げている。既存の理療教育界や業団体等の枠にとらわれず、横断的な連携や発展を図ることを目指して設立された。

トレンドは健康経営

基調講演を行ったのは内野光明さん(特定社会保険労務士、株式会社workup人事コンサルティング代表取締役)、佐上徹さん(サービス企業専属産業医)、矢野忠さんの3人。内野さんと佐上さんは、三療以外の視点からのアプローチだ。

 「わが社の働き方改革を急げ-労働基準法改正の重要ポイントと100年企業を作る健康経営への取り組み-」という演題で内野さんが強調するのは、2019年の労働基準法改正に向けて、職場環境の整備が急務ということだった。

 特に問題視されている長時間労働については、健康問題との関係性が高く、企業等にとっては「安全配慮義務違反」を問われるリスクを高めてしまう。事故やケガだけでなく、身体的・精神的な過労性の健康障害、さらには過労死や自殺さえ招きかねないのが長時間労働だ。仮に最悪の事態が発生してしまうと、民事上の損害賠償、代替要員にかかる費用、さらには企業の信頼損失など、甚大な被害が多方面に及んでしまう。

 内野さんは、労働法令・規則の遵守はもちろんのこと、安全配慮義務の徹底による健康リスクマネジメント、さらに仕組み化した「健康経営」によって、持続的に成長する「100年企業」を目指してほしいと述べる。そのような視点から、「働き方改革」は、企業等で働くヘルスキーパーにとっても大きな可能性になりえるというわけだ。

 産業医で公衆衛生学修士でもある佐上さんの講演は「産業医から見た労働者の健康とその管理」というテーマ。病院で治療にあたる臨床医と違い、産業医の仕事は一般の人にとってはあまりイメージしやすいものではない。佐上さんは中国の格言「上医は国を医(いや)し、中医は人を医し、下医は病を医す」(陳延之『小品方』)から、集団にアプローチする公衆衛生の原則を説明する。また、「上医は未だ病まざるものの病を医し、中医は病まんとするものの病を医し、下医は既に病みたる病を医す」(孫思邈『備急千金要方』)にも触れ、公衆衛生の原則は、東洋医学の「未病」の概念にも通じるという。

 一方で、「健康とは身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態で、単に病気がないことではない」という世界保健機関の定義も紹介する。「病気があっても健康」「病気がなくても不健康」という意外な状態も存在することや、「日本人は健康リテラシーが概して低い」という問題意識を会場に突き付け、「個人・集団の健康意識を高め、行動変容のきっかけを作るのが、これからの産業医・産業保健の役割」とした。

 最後の矢野さんは、研究者として「労働者の健康管理としての鍼灸手技療法の可能性」を探る。労働者の疾病や疲労による経済損失は、日本全体で年間数兆円にも及んでいるというデータを用い、「医療経済学」の視点から健康経営の重要性を説いた。その経済損失の大きさを聞くと、会場からはため息が漏れた。

 解決策のひとつとして注目されるのが、「エコ医療」という考え方だ。自然環境と同じように、人体に備わる自然治癒力に着目し、ヘルシーカンパニーを目指そうというのが矢野さんの提案。その実践として、職場における鍼灸治療を取り入れた健康経営のモデルケースを紹介しつつ、働く人へ積極的なアプローチをして、健康経営を進めるモデル的な研究をしたいと展望を示した。

 基調講演の司会を務めた坂井友実さん(一枝のゆめ財団副理事長、東京有明医療大学教授)は、「3人の話を元に、今後ますます鍼灸手技の果たす役割を社会に打ち出すことが必要」とシンポジウムの前半を締めくくった。

雇用につなげるには

 講演に続いては討議の時間。司会の藤井亮輔さん(一枝のゆめ財団専務理事、筑波技術大学教授)が、「三療と健康経営への戦略的支援という視点」から、基調講演を行なった3人の意見を再度求めるとともに、参加者からの質疑や提案も交えて、活発な意見交換がなされた。

 討議では、シンポジウムのテーマにより深く切り込む形で、具体的に企業でどのようにヘルスケアに取り組んでもらうかについて意見が交わされた。企業の健康経営にどのように三療を取り入れてもらい、さらに視覚障害のある有資格者の雇用につなげるかが問題だ。

 基調講演の中でも、企業側の認知度が低いという意見があったが、そもそも、特に若い社員の中には鍼治療そのものを知らない人が少なくないという指摘もあった。鍼治療に対する抵抗感を持っている人も多いことから、鍼治療そのものの普及啓発にも話題は及んだ。

 実際に視覚障害のあるヘルスキーパーを雇用している企業からの事例紹介もあり、雇用する側と雇用される側からの意見も聞くことができた。鍼治療に抵抗感を持つ人がいる中で、施術者と被施術者の信頼関係がいっそう大事になり、さらにそのような信頼関係を作ることが社員等のストレス軽減にもつながるのではないかという、ヘルスキーパーの活用についての前向きな予測を示す人もいた。

次はステップを

 今回のシンポジウムでは、「働き方改革」を背景に、企業内での三療の有資格者の雇用が拡大する可能性があることが強調された。しかし、そのためには企業の福利厚生の中で制度化するためのアピールが欠かせない。理療の有効性あるいは費用対効果についての医学的、医療経済学的なエビデンスがまだ充分ではないことも指摘された。

 また、日本視覚障害ヘルスキーパー協会の星野直志会長は、「我々が待っていても進展はない」と述べる。すでに企業等で就労しているヘルスキーパーにも、企業の人事総務担当者と話し合い、交渉できるような産業衛生に関する知識を持って、日々の業務に取り組んでほしいとの期待が込められている。

 それらを受け、藤井さんは「ヘルスキーパーを根付かせるにあたっての課題が浮き彫りになった。それらを真摯に受け止め、解決に向けて、いかに努力するかが重要」と、シンポジウム全体をまとめた。

 一枝のゆめ財団では、公益財団法人化に加え、活動拠点となる三療プラザ館の建設を当面の目標としている。今後もシンポジウムや公開セミナー等を開催し、三療の有用性や魅力をアピールしていくほか、7月には第1回あん摩マッサージ指圧コンテストの開催も予定している。今回のシンポジウムは次の段階へとつなげるもので、「ホップ・ステップ・ジャンプのホップ」と藤井さんは位置づけ、様々な継続的な企画への意欲を見せている。

著者について

hitoedanoyume administrator